水木ケイさんとの再会、変わらぬ迫力と笑顔に胸が熱くなった日
今日の昼、S氏から「水木ケイちゃんが来ている! 来ないか?」と電話があった。昼からしたいことがあったため迷ったが、久しぶりに会える機会を逃すまいと、思い切って出掛けた。
会場は、西春駅東口のヨシヅヤ4階。そこで歌唱キャンペーンを行うとのことだった。
水木ケイさんは全国各地で精力的にキャンペーンを行い、多くの方々と接してきた方だ。私のことなど忘れているかもしれないと思っていたが、しっかり覚えていてくれて本当に嬉しかった。
初めて彼女に会ったのは、東海ラジオの番組収録後、1階に下りてきた彼女をアナウンサーの松原さんから紹介されたときだった。「20歳」と聞いて、ずいぶん若くて可愛らしい演歌歌手が出てきたものだと驚いた。
その後、弊社シンガープロ主催の歌謡祭に特別ゲストとして招いたのをきっかけに、親しくさせていただくようになった。彼女のとびきり明るく、若さあふれるエネルギッシュな歌声には、毎回圧倒されていた。
当時、水木ケイさんは吉本興業に所属しており、芸人顔負けと言おうか、とにかくトークがずば抜けて上手だった。特に2013年、彼女が24歳のときに開催した「シンガープロ歌謡祭」で、ステージの真ん中にペタンと座り込み、深々とお辞儀をして挨拶した姿は今でも忘れられない。24歳の若さであれほど自在に客席を惹きつけられる人は稀だ。私はただただ敬服するばかりだった。
客席に下りてきて、自身が生まれるはるか前の名曲「東京ラプソディー」を高らかに歌い歩いた姿には、「歌を歌い継ぐとはこういうことか」と胸を打たれた。
それ以来、私は「東京ラプソディー」が大好きになったし、彼女のオリジナル曲である「千日前ラプソディー」も、聴くたびに気分が高揚して大好きな一曲だ。
まさか今日のキャンペーンでその曲を歌ってくれるとは思ってもみなかった。久しぶりに聴いたが、声のパンチ力はあの頃のままだ。振りまく笑顔も格別である。
彼女の大切なオリジナル曲「母娘十年」も披露され、「こんなにいい歌だったのか」と改めて胸を打たれた。胸にジーンと突き刺さるようなラストの歌声は圧巻で、本人が語るとおり、かけがえのない楽曲なのだと強く実感した。
彼女が「水木ケイを知らない方!」と会場に呼びかけると、手を挙げる人が多く、水木ケイさんの知名度はまだこれからなのだと実感した。
過去にはNHKの『歌謡コンサート』や『BS日本のうた』にも出演している彼女でさえまだこれほど広くは知られていないという事実に、名を世に知らしめることがどれほど険しい道なのかを、私は痛感させられた。
続いて、新曲のカップリング曲「大阪花火」では「一緒に歌ってみませんか?」と呼びかけ、会場からの温かい拍手を浴びながらハツラツと歌い上げた。
現在、息子さんがもう11歳になると聞いて大変驚いた。月日の流れる早さを実感する。また、演歌歌手の大江裕氏と小学生時代からの旧友だったことや、本名が「あさみ」であることも、今回初めて知った。
「感謝」や「大器晩成」といった楽曲を歌う姿からは、彼女の願いや切なさ、そして夢に向かってひたむきに歩み続ける真剣な眼差しがひしひしと伝わってきた。
そして最後に披露されたのが、かつて大スター・橋幸夫氏も所属したビクターからリリースされた新曲「裏なんばブルース」だ。
歌う前、会場の皆さんと歌詞を元気いっぱいに読み上げる場面があったのだが、その声の迫力たるや、まるで歌う前のセリフ朗読が始まったのかと錯覚するほどだった。
きらびやかなイントロに導かれ、始まった「裏なんばブルース」。
大阪・難波の飲み屋街「裏なんば」を舞台に、一夜の偶然の出会いと切ない未練、後悔を描いた楽曲だが、力強い歌声のなかに庶民的な親しみやすさが溢れている。「もう一度会いたい」というフレーズには、歌の主人公の切なさと同時に、歌手・水木ケイとしての強い想いも重なっているように感じられた。
これからも夢に向かって力強く歩んでいってほしい。将来、日本を代表する大御所歌手になったときに「彼女を昔から知っているよ」と誇らしく振り返ることができれば、これ以上の光栄はない。
余談だが、客席で聴いていた私のApple Watchの「ノイズ」アプリが、彼女の圧倒的な声量に反応して大音量警告を発していた。それほどまでにパワフルで、魂のこもった歌声だったということだろう。
投稿:2026年9月5日
シンガープロ 安藤秀樹
